November 2008

日本丸よ、どこへ行く。

 我々庶民が一体何をしたというのだろうか? 国民の多くは日々額に汗して働き、社会に役立つことで生活の糧を得ている。ところが降って湧いたような米国発の金融危機である。ギャンブルにも似た国家規模でのマネーゲームの果てが世界経済の地盤をも崩し、私たちの生活にも影を落としている。私は金融の世界には詳しくない。何人かの友人から株取引を進められたが、結局のところは興味が持てなかった。だから、今回の破綻も私には実質的に何の係わりのないことだと高を括っていたが、どうも雲行きが怪しい。それは「未来が見えないことへの不安」が日本へ巣くっていることである。 確かに円高は輸出産業にはダメージだが、見方を変えれば他国と比べて日本の国力が優れていることを象徴している筈だ。しかし、マスコミやメディアに登場するコメンテーターの発言は自虐的過ぎると思えてならない。どこかの国のように国民へ情報統制を強いるのは良くないが、悪いことばかりを重箱の隅をつつくようにさらけ出し、糾弾し、さらし者にする。今や、日本全体がいじめの巣窟のようだ。

WBCの監督人事を見ても同じ構図だ。先のオリンピックで指揮を執った星野監督に決まるのではないかと思われていたが、星野監督は固辞した。やはりオリンピックでの失敗は星野監督に相当なダメージを与えたのだろう。日の丸を背負う監督はもうこりごりだと思ったに違いない。確かに悪を暴くことは正しい。しかし、言葉の暴力を認識し、制御すべき心を持つことが成熟した社会だといえるが、現状は「悪を暴くこと」ばかりに躍起となり、正す方策が追いついてはいない。どこかがおかしい。

さて、政府は緊急景気対策を示したが、マスコミによればこれにも素直に喜んではいけないらしい。生活支援の名目で各世帯に給付金が配られるが、これは選挙対策としてのバラマキであると言い、一方では3年後の消費税のアップを明言したことが悪いらしく、堅実な国民性故に貯金に回り、消費には結びつかないそうだ。また「高速道路の通行料が、休日は千円」という案においても、コメンテーターの意見によると喜んじゃいけないらしい。ただ、ETCを付けていない私はこの恩恵にありつけないので、千円という案が通ったらすぐに取り付けるぞと、今から決めている。少なくともひとりの購買意欲は上向いた訳だ。確かに、国の財政状況を考えるとこの様な財政出動ができる状況にないことは承知している。もっと構造的な改革が必要なことも解っている。だが、何もかも握りつぶし、すぐに杭を打ち付ける社会では、新しい芽が出ても育たないのではないかと心配になってくる。

次期総選挙で、国民はこの国の未来を託す政党を選択することになる。どっちがなっても余り変わりはないという悲観的な意見もあるが、それ故に、今国民はこの国を覆っている暗雲を振り払ってくれる明るく、力強いリーダーを望んでいるのは確かだ。投票という行動がこの国の未来を描く。

株式会社ヨシイ・デザインワークス 吉井純起

September 2008

よし、よし、よっ~し!

 夏の喧噪が過ぎ去ると同時に、北京五輪が終わりなんだか寂しい今日この頃。改めて振り返ると、ソフトボールやレスリング、サッカー、卓球など、何れも女子選手の活躍が印象的な大会だった。

中でも、私にとって一番のヒーロー(ヒロインですが)は女子ソフトボールチームだ。宇津木前監督の解説が毎試合叫びとなっていたように、諦めずに本当に良く頑張った。宇津木前監督が、最後の球がファーストへ投げられ「よし、よし、よっ~し」と涙声で叫んだ瞬間は、私も泣けた。まさか、こんな素晴らしいファイナルが待っていたとは…。特に2日間3試合に渡り413球を連投した上野投手が試合後に「最後は気持ちの強い者が勝つ。強い、弱いは執念の差です」と語ったが、この努力と汗が刻まれた言葉にどれだけの日本人が励まされたことか。上野投手の熱投により改めて自分と向き合うことの大切さを教えられた思いだ。私は15年前に、全く縁の無いこの地域で、しかもデザインという馴染みのない分野で起業したが、今日までなんとか継続できたのはだれにも負けないデザインに対する情熱と気持ちの強さがあったからこそだ。しかし、ひとつの道を志し、時間が経過すると慢心を生む。上野投手が「決勝戦では、驚く程に冷静な私がマウンドにいた」と究極での精神状態を語ったが、まさに彼女に教えられた思いだった。経験はだれでも積むことができるが、慢心と経験を勘違いしない冷静な判断こそが実績へと繋がるのだ。

確かに、現在のスポーツは精神力だけでは語れない側面を秘めている。オリンピックが終わるとすぐに、支援体制の問題が取り沙汰されるが、皮肉なことにソフトボールや健闘した女子サッカーなどは、日本経済停滞の煽りを受けて企業はチームを縮小する傾向にある。こうした逆風下にあって、ただただ好きなスポーツを続けられる環境を手に入れるために、必死で取り組んだ結果が彼女らをこれまでに強くしたのだろう。

さて、それに比べて星野ジャパンと反町ジャパンである。五輪前は派手に注目を集めていたのに、負けるとまるで五輪などなかったかのように、それぞれのプロリーグへと帰って行った。奇しくも、監督名が冠となってジャパンチームを象徴し、最後までWBCでのイチロー選手の様に、強い闘争心でチームを牽引する選手の顔は見ることはできなかった。マスコミからは、その恵まれた環境がモチベーションの低さに繋げられ敗因と分析されたが、まさにそれを裏付けるようにプロ野球選手は五つ星のホテルに宿泊していたという。あのサッカーのスター選手ロナウジーニョだって選手村に宿泊していたというのに…。これでは勝利することで、兵役を免除される韓国や特別待遇を約束されるキューバの選手に勝てる筈がない。闘将星野のブランドに傷がついたようで寂しい気持ちだった。

世間ではまるで他人事の様に「景気が悪い」という会話が挨拶代わりになりつつある。この負の連鎖から抜け出す道は、五輪からリレーされた火を自らの「闘争心」に再点火するとともに、横並びの不景気に騙されず、平時ではないという緊張感を持って冷静に現状を見極めることだ。

株式会社ヨシイ・デザインワークス 吉井純起

July 2008

デザイン物産展ニッポン

 私に大変うれしいサプライズな出来事が起こった。それは6月15日に放映されたTBS『情熱大陸』という番組でのことである。「デザインは日本を進化させているか?」をテーマに、グラフィックデザイナーのナガオカ・ケンメイ氏が紹介された番組であった。特に日本デザインコミッティ主催のもと、ナガオカ氏が企画する「デザイン物産展ニッポン」開催に向けての活動がクローズアップされ、全国47都道府県に自ら足を運び、デザイナーは単なるゴミを創り出していないかという疑問を投げかけながら、デザイン心が感じられる商品を探すという内容だ。その過程でデザイン界の重鎮であり、私が最も尊敬するグラフィックデザイナー松永真氏のもとを相談に訪れる。そして、この松永先生が「こんな商品もあるぞ!」とばかりに手に持って現れたのが、宇部市のケーキ店・パティスリーKENJIの大吟醸ケーキ「TAKA」だったのだ。

この松永真先生は、東京三菱銀行やベネッセコーポレーションのシンボルマーク、スコッティやキリンラガービールなどのパッケージデザインを手掛けられている日本を代表するデザイナーである。そうそう、宇部興産のUBEのロゴタイプも松永先生の作品だ。その松永先生の手に大吟醸ケーキ「TAKA」が渡っている純粋な喜びと、それが評価されたことの僭越感、そして「デザイン物産展ニッポン」とはなんだ!という期待感が交錯し、私の頭の中をぐるくる回っていた。番組の中では大吟醸ケーキ「TAKA」のパッケージが一瞬映っただけだったが、翌日から私の元には電話がジャンジャンかかってきた。「情熱大陸見たよ~」の電話だ。まさに私には興奮の一日だった。

さて、この商品は私の提案のもと、パティスリーKENJIの藤井オーナーパティシエが創り上げた自信作だ。味には素人の私のダメ出しにも嫌な顔をせず、何回もの試作を重ね、彼は見事にこの日本酒ケーキを完成させた。永山本家酒造場の「貴」をベースにしたシロップと酒粕が深く芳醇な甘さを醸し出す逸品だ。グラフィックデザイナーである私の仕事は、この大吟醸ケーキ「TAKA」の企画提案に始まり、パッケージデザインも含め、製品化から市場に送り出すためのプロデュースを行うことである。この一連の作業は心理戦ともいえるもので、デザインが中身に勝ってもいけないし、負けてもいけない。何しろ消費者は五感の融合により購買の是非を決定しているのだ。グラフィックデザイナーも五感を駆使した上で、経験と客観性で仕上げる。

後日談だが、「デザイン物産展ニッポン」事務局から、山口県代表となったとの知らせが届いた。今回は、従来の美術館ではなく百貨店(松屋銀座)という空間で「販売を行うデザイン企画展」という形式だ。会場デザインは著名な建築家隈研吾氏が行うという。そして、展覧会に出品された物産は、美術出版社から刊行され一冊の本となる。藤井社長との誠実な仕事の評価がこのような形で訪れ、暑さを吹き飛ばす真夏の出来事となった。

株式会社ヨシイ・デザインワークス 吉井純起

June 2008

工場萌え

 「工場萌え」という言葉をご存じだろうか。書店に行くと工業地帯の写真集として並んでいる。宇部に暮らす私としては、「工場鑑賞」という秘密を共有しているようで密かにうれしかった。マンションに暮らしている私は、毎日のように宇部興産をはじめとした工場群を眺めている。初めてマンションから見た工場の夜景には感動した。飽きるかなと思ったが、これが飽きないものである。風向きにより毎日変わる煙突の煙。常に発せられている風のような音。遠くに見えるフレアスタック(煙突から出る炎)。そして何より美しいと感じるのは水蒸気に包まれた工場群の姿だ。季節や気温によって変わるのだろうが、年に数回、水蒸気で真っ白に包まれる時がある。無機質な建造物であるはずの工場群が呼吸し、ひとつの生命体のように思える。そこに体温を感じるのだ。

どの工場も無機質でありながらも必然な作り。自らの美は誇っていないはずなのに、様々な光によって美しく輝く。朝日の中で煌めき、夕日に赤く染まる。そして何より、夜の照明は何倍にも工場群を美しくする。

そんな私に、産業観光の仕事の依頼があった。宇部、美祢、山陽小野田の三市の産業を巡りながら、地域と産業の密接な関わりを紹介していくコンセプトブックの制作だ。この制作にあたって、宇部や美祢、山陽小野田の産業に関わる人たちを取材させていただいた。特に、戦後の復興から日本の高度経済成長に貢献した方々の奮闘ぶりに、感動の連続であった。私が毎日、眺めている工場群の歴史が紐解かれていく。「汗と努力」という言葉がしっかりと染みついた軌跡であった。

今回の取材を通じて感じたことだが、設備も知識も十分でない頃、それを補うのは「リーダーの存在」と「汗と努力」だった。そしてそこから生まれる連帯感こそが、正しい企業を育て、やがて住み良いまちを形づくったのだ。

今、夜のまちで肩を組んで歩く酔っぱらいの姿をみない。私が子供の頃の大人は酔っぱらってよく肩を組んで歩いていた。それは「汗と努力」という言葉が機能していた時代だったのだ。仲間と共有した目標やトラブル。制御板ひとつ修理すればいいわけじゃない時代は、時間と汗が確かに必要だった。達成できたら、祝杯を上げてやっぱり「肩組むよな」と考えた。「汗と努力」の時代の経験者に少し嫉妬する。

さて、三市にはそれぞれまちの産業の立ち上げに貢献した翁の存在がある。宇部の渡邊祐策翁、美祢の本間俊平翁、山陽小野田市の笠井順八翁である。三人の翁の遺伝子は、企業の中で受け継がれ、今も地域の発展に貢献している。観光資源の乏しいこの地域にとって、産業の命脈を辿る旅は、育て、磨き上げたい観光ツアーといえる。「工場萌え~」な感動も是非味わって欲しい。

株式会社ヨシイ・デザインワークス 吉井純起

April 2008

チベットの小さな祈り。

 中国好きを自認する私の今一番の夢は、青海チベット鉄道に乗ってチベット自治区を訪れることである。青海省の省都・西寧とチベット・ラサを結ぶ夢の天空列車、なんと最高地点は海抜5072mだという。ささやかな願いと思っていたが、3月に起こったチベット騒乱を受けて自分の無知を思い知らされた。NHKで見た美しいチベット高原の映像に、チベットの人々が抱える悲しみを考えようとはしなかったのだ。

そこでチベットのことを改めて「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」というサイトで調べてみた。ダライ・ラマ法王制度とは、先代の没後、次の生まれ変わり(化身)を探す「輪廻転生制度」である。現在のダライ・ラマ法王14世は2歳の時に生まれ変わりと認められ、1940年正式に即位されたが平穏は長くは続かなかった。1949年共産党の人民解放軍がチベットへ侵攻を開始したのだ。この時ダライ・ラマ法王は若干15歳。その後、和平交渉に懸命の努力を重ねてきたものの実らず、数多くのチベット人の命が奪われた。1959年3月10日ラサ市民が一斉蜂起。法王は中国軍の撤退とチベットの主権、独立を訴えたが、中国側はさらに徹底的な弾圧を加え、ついに法王はインドへ亡命。法王は、インド北部ダラムサラに仮宮殿を置き、チベット亡命政権を樹立している。

映像は言葉を超えると思っていた私は、最近の自身の傾向について反省をしている。美しく作られた映像は、考えることを止めさせる側面を持つことを知りながら、その罠に陥っていることだ。何故チベットへ行きたいかと自問して見た。最近のことから、記憶を紐解いてみる。まずは、NHKの青海チベット鉄道を紹介した番組だ。そして、映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」。やっぱり、映像の影響は否定し難い。どこか脳天気な自分がいる。それから…と考えて行くとやはり宗教に行き着く。私は特別仏教を深く信仰しているわけではない。しかし、五体投地しながらラサを目指す巡礼者の姿はチベットが宗教的に特別な地であり、その場所に心惹かれて止まない自分がいることは確かだ。

そういえば、遠藤周作の「深い河」という作品を思いだした。インドへのツアー客のそれぞれの人生にスポットを当てながら、神と人との関係を描いた作品だ。それぞれの人がそれぞれの悲しみを背負って、母なる河ガンジスを目指す。善か悪かではなく、悪の中にも善を、また善の中にも悪を認め、その不完全な人すべてを受け入れる象徴がガンジス河である。そう考えると、不完全で混沌とした世界を認めあうことこそが、平和な世界へ繋がる一歩かもしれない。

先月、上海に行く機会があり、チベット問題について中国の人に聞いてみた。彼らは昔からチベットは中国の領土だといって疑わない。今回のチベット騒乱も「暴動」を起こしたチベット人が悪いという。前述で「不完全な混沌とした世界を認めあうこと」と書いたが、認めあう前の情報があまりに欠落している現実が中国国内にはある。欧米各地では、中国のチベット人に対する人権問題に抗議して、北京五輪の聖火リレーへの妨害活動が続いている。果たして、平和の祭典「北京五輪」に聖なる火は点るのか。すべてを受け入れる深い河を前に足踏みの中国である。

株式会社ヨシイ・デザインワークス 吉井純起

March 2008

満足の値段。

 週末を利用して由布院に行って来た。温泉通なら御存知だろうが、由布院には御三家と呼ばれる旅館がある。中でも群を抜いて、インテリア、調度品、料理、もてなしと、贅をつくした旅館がある。周辺には自らが美術館、セレクトショップなどを配することで、周辺の雰囲気を壊さないよう作り上げている。デザインの勉強にもなるので必ず覗くようにしている。由布院の街中には、この旅館のロールケーキの店があるが、今回も売り切れだった。何年も前から続いている人気は未だ健在である。旅館の宿泊料金も、ロールケーキも安くはない。しかし、予約のとれない旅館に整理券の必要なロールケーキ。人はお金を払うところには払うのだ。つまり、そこに価値を認識しているからである。

さて、今回の宿だがもちろん前出の高級旅館ではない。由布院の喧噪から離れ山道を上がるとその宿はあった。離れの形態で、部屋には源泉かけながしの風呂がついている。宿の予約にはノータッチだった私は、支払い時にサービス料がどれだけ加算されるのかと気になった。冷蔵庫の飲み物だって自由にお飲み下さいなのだから…。お楽しみの夕食は、間接照明の美しい個室で一品一品供される。中でも地鶏のスープは絶品だった。こくのある艶やかなスープに御飯を入れて雑炊にして欲しいと頼みたかったが無理だ。かすりを着た気さくなおばちゃんが料理を出してくれているわけではない。地ビールを頼む。一本850円。店で買うと650円だった。しかし、これにケチをつける客はいない。当然、目に見えない「もてなし」に納得して、旅館を選択しているのだから。

さて、なぜ私が満足という見えない価値にこだわって書いたかというと、前日、顧客から一本の電話をもらっていた。この会社は全国ブランドの企業であるが、県外の会社が低料金を出してきたので、単価を下げてくれないかという内容だった。仕様も数量も違うのだから単価が違うのは当たり前だが、それ以前にこの仕事は日本初の事業内容を的確にパンフレットに表現する必要があり、難易度の高さから私に回ってきたのである。つまり、表現と同時に考える力が求められていた。低料金の会社は私の作品を手本に価格競争を経て製作している。それに私はグラフィックデザイナーだ。紙質にだってこだわる。紙の手触り、色の発色、デザイン、フォントの種類、字間、行間、色。挙げればきりがない。これは、顧客に最高の満足を提供したいという私のプライドの表れである。しかし、顧客がこれを期待していない場合がある。そもそも、そういう場合には私のところに仕事は来ない。旅館でいただくビール、量販店で買うビール、居酒屋で飲むビール。クラブで飲むビール。同じビールでも料金は違う。しかし、数字には表せない価値によってその価格は変化する。

これが、建築物だったらどうだろう。低い公共工事の入札判断基準額の実体を受けて、友人の県会議員が宇部市内の土木建設業者を対象に入札制度改善に向けてのアンケート調査を行った。驚くことに7割の業者が将来に希望を持てないと悲鳴を上げていた。そんな状況で果たして品質や安全性が確保できるのだろうか?最近、発注者側の担当者と話す機会があったが、真面目な企業が倒産している実体があるという。放漫経営や手抜き工事をする業者が淘汰されるのは致し方ない。しかし、誠実に仕事を行い、下請けの業者を泣かすことを由としない会社が倒産という憂えき目にあっているという。行政は文化度を高める役目もある。目に見えない価値を正当に評価して価格をはじき出さないと心底おかしな国になる。

株式会社ヨシイ・デザインワークス 吉井純起

January 2008

悠久の都「西安」

 正月休みを利用して、中国西安の風を感じて来た。上海空港で乗り継ぎ、西安空港へ。降り立った悠久の都は、陜西省の省都であり、人口800万人の大都市として、その栄華を今に伝えている。この西安地区は、幾多の盛衰が繰り返されながら、西周(紀元前11世紀)以来13王朝の都として、政治・経済・文化の中心であった。隋・唐の時代には日本から、遣隋使や遣唐使として空海や阿倍仲麻呂が訪れている。京都は、この長安の都を模して作ったとされているが、碁盤の目のような街づくりと、今も残る城壁と城門は、まさに都としての品格を保ちながら荘厳な威厳を放っている。そして、街全体は黄土高原の影響からかいつもどんより霞んでいる。すっきりと晴れ渡るということは殆どないそうだ。城壁に上がり、夕刻時に西の霞む空を眺めると遙かなるシルクロードに思いを馳せることができる。浪漫だなぁと感慨に耽りながら、明時代の鐘楼に入ると驚くことに中では絨毯を売っている。意識は遙か昔より引き戻され、現代へと繋がった。やっぱり中国。シルクロードの出発点とはいえ、歴史的建造物の中で「カーペットフェア」だと苦笑い。

さて、今回の一番の旅の目的は「兵馬俑」の見学である。この兵馬俑坑は、中国最初の統一国家となった秦の始皇帝陵の東1.5キロにあり始皇帝陵を東の驚異から守るが如く存在している。1974年に農民が井戸を掘っていて発見されたのだが、一番壮観だったのは、三つある俑坑のうちの第一坑である。総面積1万4260平方メートルの広さを持つこの第一坑は、身長180センチの兵士の俑が長方形の陣を組んでいる。先鋒、主力、左右両翼、後詰めと構成され、実践さながらの隊を組む。第二坑は修復中で残念ながら公開されていなかったが、第三坑は凹型を呈する坑で、地下の大軍隊を率いる司令部とされている。巨大な陵墓を守る巨大な地下近衛軍団。こんなものを創り上げる始皇帝の権力は計り知れない。死して尚、天下を治めようとした始皇帝。歴代の帝陵の中でも冠たる存在である。

しかし、いつから中国のモノづくりがストップしたのか。この紀元前の時代を鑑みると今の発展の仕方に疑問を感じてしまう。精巧なモノづくり、集団による力。政治的な時代背景があるとはいえ、民俗の遺伝子は気質として受け継がれると思うのだが…。どう見ても現状は逆の中国である。

市場経済を取り入れ再び動き始めた中国。しかし、今回始めて訪れた内陸部ではベンツを見ることはなかったし、人々の服装からも上海や大連などの沿岸部と比較して経済格差は明らかだった。そもそも今の経済発展は奇しくも兵馬俑発見の4年後に始まっている。1978年トウ小平国家主席は「先に富めるものから豊かになれ」というスローガンのもとに解放改革政策を推進したが、予定通りといっては何だが地域間経済格差を生み、社会のひずみを増長させている。その為、格差是正が今の中国の大命題だが、隣国の住民としてのみならず地球人として言わせてもらえば、もっとゆっくりと進めてもらいたいものだ。今のペースで中国が経済発展を遂げるなら、エネルギー問題や環境問題、食料問題など世界への影響は計り知れない。さて、兵馬俑と時を同じくして目覚めた中国は嘗ての威光を取り戻し、世界の文化・経済の中心として君臨する時が訪れるのだろうか?遅れてやってきた中国、今後の動向に興味はつきない。

株式会社ヨシイ・デザインワークス 吉井純起

January 2008, NewYear

横並びは日本を滅ぼす?

 今年を振り返ると、安倍前首相の辞任劇を思い出す。「美しい国」という崇高なスローガンを掲げ、国民投票法の制定や教育基本法改正など歴代首相が成し得なかった法案を成立させるなど、安倍前首相の功績は実に大きい。しかし、ご存じの通り年金問題や閣僚の不祥事などが逆風となり、参議院選挙に惨敗、最後には自ら職を辞してしまったのだ。この辞任のタイミングの悪さに象徴されるように、悲しいかな最後まで国民のトップとしての存在を示せなかった。国民はなぜ安倍政権を支持しなくなったのか。理由は理念を先行させ過ぎて、国民の求める政策との間にズレを生じてしまったからだが、そもそも首相としての尊厳を保てる環境を作れなかったことに尽きるのではないか。安倍前首相に対し尊敬を表すべき周りの政治家たちからも協力を得られず、孤立は深まった。この辞任劇は戦わずして敗れ去って感が強いが、私には国を挙げての虐めにも映った。

次にスポーツ界に目を移すとボクシングの亀田家が思い出される。行儀は良くないが、亀田兄弟は三人が三様に世界で闘える実力を付けてきている。これは父史郎氏に劇画のスポ魂ばりの特訓を受けた成果でもあるが、ともすると家族であるが故にこじれが生じてもおかしくない状況なのに見事にピラミッド型の家族の絆を結んでいることにもあると思う。長男興毅選手が「父は偉い、父は絶対である」というスタイルを貫いていたからこそ、今の亀田家の絆が存在する。このスタイルは、政治の世界でも家族でも共通するもので、現代の日本社会に不足しつつあるものではないだろうか。横綱朝青龍も然りである。やはり規範となる先輩横綱がその時期不在だったということが、今のような結果を招いていると考える。横並びを良しとする社会が勢力を強めつつある日本だが、横並びは幻影だと大声で叫びたい。自分の中で師を無くすと傲慢が顔を擡げ、精進という生き方が薄れるということだ。そう考えてみると横並びを奉ると日本という国の将来は危うい。

株式会社ヨシイ・デザインワークス 吉井純起

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